2016-07-01から1ヶ月間の記事一覧

フライパンの存在感 『暮しの手帖』第2号 1949年

焼あとのレンガで作った煖炉 「とと姉ちゃん」第90話では、終戦後の焼け跡に、間に合わせに建てられたバラックで何とか暮らす人たちを立ち退かせる事業に背を向けて、常子の雑誌作りに応じる花山の姿がありました。この場面で花山が拾い上げて手にしたのが、…

洋裁学校へのリプライ「洋服の美しさはデザイン」 花森安治 『暮しの手帖』創刊号

創刊号 「服飾の読本」から 朝ドラ「とと姉ちゃん」のなかで、花山と常子らが直線建ちの講座を開いて、当日会場に行ってみると、応募者はたくさんいたはずなのに誰も来ない、、実は、チケットを洋裁学校が買い占めてしまっていた、、という場面があります。…

直線裁ちは着こなし勝負?『暮しの手帖』創刊号

創刊号の作品から 『暮しの手帖』創刊号に掲載された、6点の直線裁ちの作品。☆紺ガスリの服 ☆赤と黄の格子縞☆ジャンパー・スカート ☆更紗もようのツーピース ☆袖なし外套 ☆銘仙地の格子縞「紺ガスリの服」と「赤と黄色の格子縞」の2点は前回の記事で紹介し…

直線裁ちのデザイン 『暮しの手帖』創刊号

着物を活用するために 昭和21年、銀座から『スタイルブック 1946 夏』が創刊されます。 『暮しの手帖』が創刊される2年前のことです。 「いろいろ考えると、日本の着物はなかなかいいものだ。戦争でふだん着るものには不自由しているが、まだ、昔からの着…

スタイルブックと直線裁ち 『暮しの手帖』創刊前

鎮子さん、花森安治と出会う 「とと姉ちゃん」のモデルとなった大橋鎮子さんが花森安治さんと出会ったのは、昭和20年10月なかばのこと。防空壕のなかで、戦争が終わった後のことをすでに考え、終戦の二ヶ月後には花森さんに出版の相談に行くのですから、…

外国のファッション雑誌と下着について『暮しの手帖』創刊号  

アメリカの流行雑誌から 『暮しの手帳』創刊号のグラビアページには、「ブラジアのパッドの作り方」という記事があります。「外国の雑誌を見ておりますと、ずいぶんと下着の広告が目につきます。それも大部分はブラジアとコルセットの広告で、いろいろの型や…

「みかん箱から」暮しの手帖 1951年

『暮しの手帖』が創刊されたのは、戦後3年目の1948年(昭和23年)。戦災による住宅焼失と復員や引揚げによる人口増加で、住宅不足が続いていました。 現在のような「片付けられないほど物があふれる」など夢のようなことで、家や部屋すらが、そもそも…

『暮しの手帖』の表紙 第21号〜第30号 

第21号 第21号 1953年9月 オイルパステル 第22号 第22号 1953年12月 オイルパステル、グワッシュ、鉛筆 この号から、『美しい暮しの手帖』から『暮しの手帖』に雑誌名を変更。 シンプルな雪景色。数ある表紙の中でも、人気のある美しい表紙のひとつ。 独特の…

リンゴ箱で作る子供机 『暮しの手帖』1950年

新学期になって、子供に机を買ってやりたいと思った筆者。しかし、買えば子供の机といっても大人のものとあまり変わらないし、そのわりに、いいものは少ない。あれこれ考えた末、リンゴ箱を買ってきて工夫することにした。掲載は、昭和25年発行の『暮しの…