「花森安治のデザイン」には、暮しの手帖の30年間の表紙原画、書籍の装釘原画、カット、手書き文字など約300点が掲載されています。
ちょうど、展覧会の図録のような感じで、創刊号からの手仕事を見ることができます。
表紙に使われているのは、「暮しの手帖」1956年(昭和31年)37号 Winter のイラスト。
描かれているのは、花森さんが好きだったという欧風の家。
1956年と2011年の表紙を並べてみた
平成23年の「花森安治のデザイン」(右)のほうが、印刷技術を考えたら原画に近いのだろうと思います。
全体に赤味やパープルがはっきりと出ている感じです。
左の第37号は、昭和31年に発行されて60年も経ています。
色が多少あせたかもしれませんが、赤みは茶系、パープルはブルー系の印刷で、全体にはシンプルに色の調和した印象になっています。
よく見ると、37号の表紙はグレーがかった地色に鉛筆書きのような、たてよこの細かい不規則な線がうすく見えます。
たとえ原画をそのまま再現していなくても、当時の印刷に使われたインクの色には味があるというか、発色に透明感があって、それが表紙の色あいの魅力になっているように思えるのです。
シンプルで、力強い、暖かみが自然と出るのだから不思議です。
1956年 37号
印刷と紙へのこだわり
雑誌に使う紙の種類や印刷へのこだわりについては、大橋鎮子さんが『暮しの手帖とわたし』のなかで書いています。
「仕事にたいする情熱が、工人さんたちの心を動かしたのでしょう。印刷や製本の工人さんたちのあいだに「暮し会」という集まりができ、いっしょに社員旅行に行ったこともありました。
当時の『暮しの手帖』を見ると、社員の名前だけでなく、印刷は誰それ、製本は誰それと、担当してくださった方々の懐かしい名前が書いてあります。
花森さんはよく「印刷会社、製本会社に頼んではいるけれど、仕事は会社じゃなくて個人がやっているからね」とおっしゃっていました。使ったインクの種類や名前まで書いてある号もあります。
印刷が納得いく仕上がりになるまで話し込んだり、何度も刷り見本を出させたり、どなりつけたり。インクや紙にこだわって「暮しの手帖」用に特別の紙を作ってもらったこともありました。・・・インクのにじみがひどいといって、特製のインクを作ってもらったこともあります。」
(大橋鎮子『暮しの手帖とわたし』より)
透明性があって、軽く明るい
『暮しの手帖』は、何度も刷り見本を作っては調整していった手作業と、雑誌を手にしたときの、紙の手触りへのこだわりなども、伝わってくるような雑誌です。
それは、かつての印刷や製本への職人技と、編集部の情熱が一体となって刷り上げたものでしょう。
原画に近い再現でなくとも、インクの発色それ自体と、色彩のバランスは本当に素晴らしい。
手作り感というか、見ても見飽きない味があります。
「暮しの手帖」という手書きのタイトルの黒と、37のヴァーミリオン(朱色)がポイントになって、中央の明るい黄色と対比します。
この黒色とヴァーミリオンのインクが、やはり透明性があって軽く、明るい。
ちょうど、レコードとCDの音色の違いのように、アナログのオープンリールで録音した音のように、紙も印刷も呼吸していて、色彩バランスや発色は、軽く、明るく、暖かく、どこか自由なのです。
ほんとうに紙やインクの種類が書かれている
第37号の表紙の裏には、用紙やインキの種類まで書かれています。
〈用紙〉
表紙 PHO 175斤(富士フィルム)
裏表紙 春日 80斤(王子製紙)
グラビヤ 真珠アルトン 75斤(三菱製紙)
特北斗 55斤(王子製紙)
色刷 特漉用紙 58斤(王子製紙)
本文 特漉用紙 58斤(王子製紙)
〈インキ〉
表紙及びオフセット 大日本インキ及び東洋インキ
グラビヤ 大日本インキ
本文 大日本インキ
ここまで徹底してくると、印刷というよりは一種の版画作品のようにも思えてくるページもあります。
平成23年の本書「花森安治のデザイン」では、もとの原画の掲載がメインなので、当時の『暮しの手帖』の表紙それ自体の掲載ではないですが、本の装丁やカットなど幅広く紹介されています。