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昭和の「暮しの手帖」から

創刊号〜70年代「暮しの手帖」バックナンバーから。珠玉の記事をピックアップ

中川一政「えのぐ」と酒倉 『暮しの手帖』 1957年

アート エッセイ 1954年

『暮しの手帖』第38号(1957年春)に、中川一政の「えのぐ」というエッセイが掲載されています。

ずいぶん前のことですが、真鶴美術館での中川一政展のチラシに「酒倉」の絵が、これはメインにレイアウトされた作品ではなかったから、小さくのっていたのだけど、見た瞬間に「この絵を見たい」と、真鶴に向かったのでした。


神戸の芦屋のとなり、摂津・深江、中川一政の処女作「酒倉」はここで描かれました。

1914年(大正3年)、中川一政21歳、書生をしていた頃です。

 
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酒倉 油彩 板 4号F 1914年

「えのぐ」中川一政

「私は此間(こないだ)神戸へゆき芦屋へ行った。芦屋は大変高級なところだが、実は私は四十年も前、ここで処女作をかいたのである。
別になつかしいとも思わないが、その時の友だちがいたので、私の昔いたあたりへ行って見た。
・・・その頃、阪神電車が淋しく通っていただけだが、今は山の方へかけて三通りも電車汽車の線路があるわけで鄙(ひな)びたところもなくなったし、海岸にも堤防ができて海のながめも松原越しに遠くから見渡されない。
貧しい書生であった私は、よく一人で出歩いた。神戸まで歩いて汽船の立ち並ぶ  を見にいった。あの船にのって外国へ行ったらと思った。」(「えのぐ」より)


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日本郵船の欧州航路「三島丸」 


「東京で私を可愛がってくれた船乗りがいて郵船の三島丸の司厨長をしていたのが、欧州航路であったから、何か外国でお土産をかってきてやるが何がよいかと言った時、画具がほしいと言ったのを覚えていて、言ったこちらが忘れていた頃、何日に三島丸が神戸に入港するから来いと、芦屋の私に手紙をよこした。」(「えのぐ」より)


何しろ、神戸まで歩いていくのだから、一人で握り飯をつくって出かけたのです。


日本郵船の「三島丸」は、1913年(同時期ですね)に藤田嗣治が渡仏するときにも乗った船で、船上から妻登美子に宛てて書いた手紙には、三島丸でのディナー・メニューが同封されていました。
コンソメスープ、ヴィネグレットソースのサラダ、鴨の冷製、ビーフステーキ、サーモンのポアレ・・・など。しかも、「どれだけ食べてもよいのです」。
 

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こちらは、1920年(大正9年)三島丸でのディナー・メニュー。
三つ折りで切手を貼れば郵便物として使用できるものです。 



英国ニュートンの油絵の具

「さて神戸についてメリケン波止場の三島丸のタラップにたどりついた。
司厨長はボーイの頭であるから大変ご馳走をしてくれた。断らなければ次々と料理が出てくる。一生懸命たべてナプキンが下に落ちているのも知らなかった。
司厨長は絵具箱と、その中に一通りの油絵具と筆と油壷といっぱいはいっているのを呉れた。
後年になって考えてみると、その絵具は英国のニュートン製で世界で一番よい絵の具であった。」


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「わたしはこうふんして電車にのって芦屋へ帰った。次の日、芦屋のとなりの深江の酒倉をかいた。これが私の処女作であって、後年人の手にあったものを買いもどして今持っている。」(「えのぐ」より)


1914年の「酒倉」、翌年に描いた2作目の「霜のとける道」が相次いで、当時の新人画家の登竜門だった巽画会展に入選、二等賞を獲得します。

筆の勢いとコントラストの美しい小品「酒倉」、こういった絵は描こうとしてなかなか描けないもので、新井人志氏の解説がすべてを語っていると思うのです。

「画家中川一政の出発点となった作品。摂津深江(現在の兵庫県芦屋市と東灘区の境)にあった造り酒屋の酒倉を描いた。同年の巽画会第14回展に出品、審査員の岸田劉生に認められて入選する。

 小さな板切れの上に描かれた作品であるが、技巧や表現方法といったものに感化されず、本人の素朴な心情をただひたむきに傾けた赴きのある作品である。」(中川一政美術館主任学芸員・新井人志)

余談ですが、マッカラーズなど

ところで、昨年、村上春樹訳でカーソン・マッカラーズの『結婚式のメンバー』が出版されました。

マッカラーズが1940年、23歳で書き上げたひりひりするようなデビュー作が『心は孤独な狩人』ですが、原書の出版と同時に初訳しているのが、中川一政の奥さんと知ってビックリです!

表紙、扉絵など装幀は中川一政が手がけています、
 
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「話しかける彼等」(心は孤独な狩人)
カアスン・マックカラーズ/著 
中川 のぶ/訳  装幀/中川一政 四季書房
昭和15年12月28日発行


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第38号 spring 1957

「・・・しかし、もしも、この雑誌がつぶれることがあるとすれば、それは、すくなくとも、広告主のためではない。編集のいたらなさのためだけの筈である。こういうことがいえるということは、編集者として、なによりの冥利である。」(花森安治のあとがき)

『暮しの手帖』の命運を握るのは、広告料が入る、入らないでなく、ほんとうに読者が買いたい雑誌が作れるかにかかっている、自らの手にあるという潔さ。

 


結婚式のメンバー (新潮文庫)

結婚式のメンバー (新潮文庫)

  • 作者: カーソンマッカラーズ,Carson McCullers,村上春樹
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2016/03/27
  • メディア: 文庫