昭和の「暮しの手帖」から

創刊号〜70年代「暮しの手帖」バックナンバーから。珠玉の記事をピックアップ

『暮しの手帖』の表紙 第71号〜第80号 東京オリンピック

第71号:Autumn

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1世紀71号 1963年9月  フィルム

東京オリンピックの1年前。

この年の9月に『暮しの手帖』は、15年周年。
創刊号は1万部でスタート、第71号では80万部の雑誌に。


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第72号:Winter

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1世紀72号 1963年12月  フィルム

この年の11月22日、テキサス州ダラスをパレード中のジョン・F・ケネディ大統領の暗殺事件が起こった。
日本では、初の日米間の衛星中継の試用が行われていて、事件の詳細が伝えられた。
 

第73号:Early spring

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1世紀73号 1964年2月  フィルム

カトレアをあしらった、オリンピック開催の年となる1964年の表紙。

第74号:Early summer

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1世紀74号 1964年5月  フィルム

第75号:Summer

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1世紀75号 1964年7月  フィルム

オリンピックの4ヶ月前、6月16日に M7.5の新潟地震が発生。 

石油タンクが地震で炎上、火は水上の油に燃え移り、周囲のタンクも次々と炎上した。火災は12日間に渡って続き、周辺の民家にも延焼し、全焼した家屋は347棟。国内で起きたコンビナート火災として最大のものとなった。


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第76号:Autumn

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1世紀76号 1964年9月  フィルム

10月10日の東京オリンピック開催の直前号。
だからといって『暮しの手帖』は、特集など組まないし、いつもと何ら変わらなかった。


花森安治のエッセイ「お茶でも入れて」の一篇「ねじのゆるんだオリンピック」

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オリンピックの年、夏場の東京は水不足にみまわれた。

「東京の水不足はいよいよ最悪の事態。要請を受けた自衛隊は2百台の給水車を集結(1964年8月7日)、災害出動にのり出した。こうした大がかりな給水作戦も水道局との連絡が悪く肝心の現場がわからずにてんてこまい。まるで災害地のようなバケツの行列、荒川から水がくるまで給水車だけが頼みの綱。」
(大毎ニュース 1964.8.12 給水部隊出動・東京水ききん)

第77号:Winter

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1世紀77号 1964年12月  フィルム


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表紙撮影のようす

撮影はいつも大変だった。
材料の準備は何でもいっぱいに、リンゴは木箱で、パンジーはリヤカーに用意し、花森の目にかなったものを選んで並べる。構図は花森の頭の中だけにある。(花森安治のデザインより)


★オリンピック景気の反動で、好景気が不況に。
証券不況:1964年(昭和39年)後半から1965年(昭和40年)に掛けておきた不況。

第78号:Early spring

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1世紀78号 1965年2月  フィルム

時代は昭和40年代に。
オリンピックイヤーの1964年、一般的な観光として自由に海外旅行できるようになり、(驚くことに、職業や会社の都合以外での海外旅行は制限されてたんですね。)初の海外パックツアー(団体旅行)が売り出された。

ジャルパック[日本航空、ハワイコース9日間が378,000円、欧州16日間コースが675,000円](1月20日発売)

第79号:Spring

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1世紀79号 1965年5月  フィルム

「人間の生命と企業の生命とどちらが大切だろうか?」

暮しの手帖が、アンプル薬の危険性を取り上げたのは、ちょうど3年前の63号。その後、アンプル入り風邪薬による事故が次々報道され、大きな社会問題となっていきます。
そのほかに、ナベのフタについている赤い色の有毒性、塩化ビニールのストローから出る鉛についてなども取り上げ、「食品公害」という言葉をつくったのは、暮しの手帖といいます。

第80号:Early summer

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1世紀80号 1965年7月 フィルム
 
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東京の東麻布にあった「暮しの手帖研究室」

研究室を見せてほしいという話が多くなって、あとがきで研究室のあらましや部屋の様子を紹介。


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