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昭和の「暮しの手帖」から

創刊号〜70年代「暮しの手帖」バックナンバーから。珠玉の記事をピックアップ

『暮しの手帖』の表紙 第44号〜第50号 表紙が写真に

第44号:Early summer

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1世紀44号 1958年5月 フィルム

表紙に大きな変化がありました。
今までの手描きのイラストから、写真に変わります。


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表紙を開くと、ウグイス色がかったレモンイエローの目次があらわれます。
そこには、花森安治の挿し絵や手描きの文字が添えられ、各号とも表紙との色彩の対比や、季節感の表現とか、ほんとうに手を抜かない、手づくり感が伝わってきます。


電気がクローズアップされた頃で、「あの夜をおぼえていらっしゃるでしょうか」という戦争の終った夜、いちめんに灯りがともったことを書いている。
昭和45年の第2世紀・8号、「一戔五厘の旗」につながる印象的な記事。 


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ちょうどこの時期、昭和33年の4月、アメリカ合衆国国務省の招待で、日本の雑誌社から4名がアメリカ視察旅行へ。「週間朝日」「文芸春秋」「旅」「暮しの手帖」からは大橋鎮子さんで、期間は2か月。
当時は、まだ誰もが観光目的での自由渡航はできない時代。

その様子は、「暮しの手帖とわたし」に書かれています。
旧版の表紙に使われている花森安治のイラストがちょうどこの時の編集部の様子で、鎮子さんに手紙をタイピングしている部員も。

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第45号:Summer

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右下:1世紀45号 1958年7月 フィルム

岩戸景気(いわとけいき)と呼ばれる、高度経済成長時代の好景気のスタート。
1958年(昭和33年)7月~1961年(昭和36年)12月まで続いた

第46号:Autumn

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1世紀46号 1958年9月 フィルム

For creative excellence in journalism for women

ニューヨークのペアレンツ・マガジン社より、雑誌を通じた子どもや家庭への貢献が評価され、アメリカ視察旅行中に「ペアレンツ賞」を授与されました。 

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第47号:Winter

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1世紀47号 1958年12月 フィルム

戦終から13年、宮内庁は1958年(昭和33年)11月27日、美智子さまを皇太子妃に迎えることを発表。
軽井沢のテニスコートでの出会いから、白のVネックセーター、ヘアバンド、カメオのブローチ、などが流行。マスコミは「世紀のご成婚」と銘打ち、1959年4月のご成婚をピークにミッチー・ブームと呼ばれる社会現象となった。


また、この年の12月23日には、東京タワーが完成。
マスメディアの領域では、テレビ放送時代の幕開けの準備が整う。 
岩戸景気もあって、本格的な大量消費社会の入口にさしかかっていた頃。

第48号:Early spring

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1世紀48号 1959年2月 フィルム

第49号:Earliy summer

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1世紀49号 1959年4月 フィルム

第50号:Summer

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1世紀50号 1959年6月 フィルム

昭和34年6月、『暮しの手帖』は50号を迎えました。

昭和23年9月の創刊号から12年、部数は75万部、編集部は22人に。


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表紙の裏には、小さな封筒に入った暮しの手帖社からの手紙が付いていました。

50号については、次記事でも。


一戔五厘の旗

一戔五厘の旗

  • 作者: 花森安治
  • 出版社/メーカー: 暮しの手帖社
  • 発売日: 1971/01
  • メディア: 単行本
 

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