昭和の「暮しの手帖」から

創刊号〜70年代「暮しの手帖」バックナンバーから。珠玉の記事をピックアップ

『暮しの手帖』と東京オリンピック 1964年

1964年(昭和39年)10月10日から開催された東京オリンピック。

夏季大会に立候補した東京が、デトロイト・ウィーン・ブリュッセルの3都市を破り、開催地に選出されたのは1959年(昭和34年)5月のことでした。

同年4月には、皇室のご成婚があり、ミッチー・ブームと岩戸景気の好景気のなかで、本格的な高度経済成長への入り口に立っていた時期でした。

f:id:Merimaa88:20170615011212j:plain
テニスウェアもブームに

オリンピックから4年後、GNP2位に

オリンピック景気の反動で、その後に訪れた一時的な不況、そして、再び「いざなぎ景気」の好景気。
オリンピックから4年後には、日本は世界第2位の経済大国となっていましたが、それはまっしぐらに消費生活へ突入していった時代でした。

 
f:id:Merimaa88:20170403093309j:plain
第52号 花森安治のイラスト

GNP2位の代償

NHKの朝ドラ「ひよっこ」は、東京オリンピックの前後が舞台です。脚本を書いた岡田惠和さんは1959年生まれなので、皇室の御成婚の年ですね。
東京オリンピックやビートルズの来日前後は、幼稚園か小学校低学年なので、ドラマの時代背景をリアリティをもって体験するには小さかったでしょう。

白黒テレビとはいえ、東京オリンピック前後は、子どもにとってマンガが目白押し。
’63年の鉄腕アトム、狼少年ケン、鉄人28号、エイトマンから始って、ビッグエックス、'65年のスーパージェッター、ソラン、ジャングル大帝、オバQ、サリーちゃん、’67年のマッハGoGoGo など。

ザ・ピーナッツとクレージーキャッツの、シャボン玉ホリデーもありました。

一方、食品への安全規制は甘く、アンプル剤や食品色素の危険性なども『暮しの手帖』は指摘し、食品公害ということばを作ったのは『暮しの手帖』といいます。

また、水俣病をはじめとする公害にも言及、'67年には花森安治の「この大きな公害」が第91号に掲載され、日本が世界第2位のGNPになった後の’69年に『暮しの手帖』は創刊100号を迎えます。

それにしても、むずかしい時代をドラマの背景に選んだと思います。



見よ ぼくら一銭五厘の旗

『暮しの手帖』にとっても、東京オリンピックから、まっしぐらに消費生活へ突入していったこの時代は、GNPの代償ともいえる社会問題と熾烈に向き合い,メリメリと音をたてるようにして雑誌も変貌していったのです。

とにかく「何か買いたいから買う、買わないと損したように感じる」という消費生活のすさまじさと、それに伴う公害や環境破壊・・・
いい製品を作ってほしいために始めた「商品テスト」さえも、売れ筋の商品開発に変形してしまいかねない・・・

『暮しの手帖』が創刊100号を迎えた’69年に、花森安治は厳寒の京都で心筋梗塞に倒れます。

退院した翌年、'70年の大阪万博のあと、『暮しの手帖』二世紀8号に花森安治のエッセイ「見よ ぼくら一銭五厘の旗」が掲載されました。

これは、もう読んでみてくださいとしか言えないエッセイです。


★「見よ ぼくら一銭五厘の旗」は、日本ペンクラブの電子文藝館で全文が読めます。日本ペンクラブ電子文藝館 


美しい夜であった
もう 二度と 誰も あんな夜に会う
ことは ないのではないか
空は よくみがいたガラスのように
透きとおっていた
空気は なにかが焼けているような
香ばしいにおいがしていた
どの家も どの建物も
つけられるだけの電灯をつけていた
それが 焼跡をとおして
一面にちりばめられていた
昭和20年8月15日
あの夜
もう空襲はなかった
もう戦争は すんだ
まるで うそみたいだった
なんだか ばかみたいだった
へらへらとわらうと 涙がでてきた

・・・・

 
人間が 集まって暮すための ぎりぎり
の限界というものがある
ぼくらは 最近それを越えてしまった
それは テレビができた頃からか
新幹線が できた頃からか
電車をやめて 歩道橋をつけた頃からか
とにかく 限界をこえてしまった
ひとまず その限界まで戻ろう
・・・・


一戔五厘の旗

一戔五厘の旗

  • 作者: 花森安治
  • 出版社/メーカー: 暮しの手帖社
  • 発売日: 1971/01
  • メディア: 単行本
 

 

暮しの手帖のオリンピック記事

東京オリンピックだからといって、『暮しの手帖』がいつもと変わらないのは想像できますし、実際に『暮しの手帖』から、オリンピックに関連する記事を探しても、たいへん少ない、2、3しか見当たらない感じです。

主だったエッセイは、

1963年第71号、オリンピック前年に書かれた、花森安治「お茶でもいれて」の一篇。
1964年第76号、オリンピック聖火リレーをテレビで見たあとに書かれた、同じく「お茶でもいれて」に収録された「ネジのゆるんだオリンピック」があります。

1959年第52号、阿川弘之「茶の間にて」の「オリンピック返上?」


merimaa88.hatenablog.com

merimaa88.hatenablog.com


当時の時代背景 まとめ


1953年 国産第1号のテレビ発売

国産第1号のテレビ(シャープ)が発売された。価格は175,000円。
ひじょうに高価で、人々は繁華街や駅の街頭テレビ、店先や裕福な家のテレビに集まり、大相撲、プロレス、プロ野球の中継などを見ていた。 
 

☆神武景気(じんむけいき)日本の高度経済成長のはじまり     

1954年(昭和29年)12月 〜 1957年(昭和32年)6月まで続いた好景気。 

1954年2月 マリリン・モンローとディマジオが来日。

経済は戦前の最高水準を上回るにまで回復、1956年(昭和31年)の経済白書に「もはや戦後ではない」と記された。
また、好景気により、三種の神器(冷蔵庫・洗濯機・白黒テレビ)が出現した。

☆岩戸景気(いわとけいき) 

1958年(昭和33年)7月~1961年(昭和36年)12月まで続いた高度経済成長時代の好景気。

1958年(昭和33年)
12月 東京タワーからのテレビ放送が開始 

1959年(昭和34年)
NHK、民放ともに多くの局が開設された。
4月 皇室御成婚によるミッチー・ブームやテレビ中継をきっかけに、テレビ(白黒)が普及。

f:id:Merimaa88:20170405145555j:plain

この年の「自動アイロン」の商品テストが掲載された『暮しの手帖』50号では、発行部数は75万部にのぼり、編集部のスタッフも7人から22人に。

9月 伊勢湾台風

☆オリンピック景気  

1962年(昭和37年)11月〜1964年(昭和39年)10月までの高度経済成長時代の好景気。

東京オリンピック開催にともない、東海道新幹線、首都高速道路の整備、国立競技場、日本武道館などの建設。

1963年(昭和38年)
12月 ケネディ大統領の暗殺事件  

1964年(昭和39年)
6月16日 M7.5の新潟地震が発生。
石油コンビナートが12日間にわたり炎上。火災は周辺民家350棟以上に延焼した。

8月 東京は異常渇水で水不足に(東京サバク)

10月 東海道新幹線 東京駅 - 新大阪駅間に開業

10月10日〜10月24日 東京オリンピック

merimaa88.hatenablog.com

f:id:Merimaa88:20170615015901j:plain
1964年 第76号

1959年の皇室御成婚当時、23.6%だった白黒テレビの普及率は、1964年には87.8%に。
カラーテレビはまだ非常に高価。東京オリンピックを機に各メーカーが宣伝に力を入れたが、1966年までのカラーテレビの普及率は 1%未満とわずか。 


銀座みゆき族とVAN
THE BEATLES:A Hard Days Night

f:id:Merimaa88:20170429154021j:plain

☆東京オリンピック後の証券不況

1964年(昭和39年)後半〜1965年(昭和40年)にかけておきた不況。

☆いざなぎ景気 

1965年(昭和40年)11月〜1970年(昭和45年)7月まで続いた高度経済成長時代の好景気。

マイカーブーム、カラーテレビの普及から、車 (car)、エアコン (cooler)、カラーテレビ (color TV) が 3C(新・三種の神器)と呼ばれた。

1965年(昭和40年)
JALパックの発売
日本人の海外渡航制限が前年に解除され、初の海外パックツアー(団体旅行)が売り出された。

1966年(昭和41年)
6月 ビートルズが初来日 


f:id:Merimaa88:20170429154806j:plain

1967年(昭和42年)
『暮しの手帖』第91号 花森安治の「この大きな公害」が掲載される

1968年(昭和43年)
日本のGNPが世界第2位に 

1969年(昭和44年)
2月 花森安治が心筋梗塞で倒れ、京都・都ホテルで長期入院

4月『暮しの手帖』は創刊100号を迎える
日本のテレビ像機生産台数が世界1位に。

1970年(昭和45年)
大阪万博(EXPO’70)の開催

1971年(昭和46年)
『一銭五厘の旗』を刊行。
花森安治が暮しの手帖に書いてきた文章から、選び抜いた29のエッセイ集(読売文学賞)


一戔五厘の旗

一戔五厘の旗

  • 作者: 花森安治
  • 出版社/メーカー: 暮しの手帖社
  • 発売日: 1971/01
  • メディア: 単行本