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昭和の「暮しの手帖」から

創刊号〜70年代「暮しの手帖」バックナンバーから。珠玉の記事をピックアップ

『暮しの手帖』平塚らいてう初登場 1949年

平塚らいてうが『暮しの手帖』に初めて登場したのは、第2号に掲載された「陰陽の調和」というエッセイ。

朝ドラ「あさが来た」に女子大生として登場した平塚らいてうは、25歳のときに『青鞜』を創刊。

らいてうが書いた『青鞜』創刊の辞「元始、女性は太陽であった」を、花森青年は図書館で読み、その言葉はコンペイトウのシンのようになったのです。(花森安治は「青鞜」が創刊された年に誕生。)


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そして、「とと姉ちゃん」のモデルとなった大橋鎮子や花森安治らが『暮らしの手帖』を創刊したのは昭和23年。

花森青年が、らいてうを読んでから20年たっていました。
(『暮しの手帖』創刊当時、らいてうは63歳になっています。) 

らいてうは、若い時からスタイリッシュで、写真を見ると着物のたいへん似合う上品な面立ち。
疎開地から成城に戻り、新憲法後の平和に関する書物をあさり読み、探求し、世界連邦建設同盟で活動していた頃です。
(写真は、昭和36年なので初登場の12年後です。)


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自室の机の前で 昭和36年5月20日 

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疎開地、戸田井の自然

昭和17年、平塚らいてうは戦火にさきだって、姉一家の住む茨城県の戸田井(現在の取手市小文間)に疎開を決意し、移り住むことにしました。

そこで不慣れな畑作りも始め、南瓜(かぼちゃ)、里いも、インゲン、とうもろこし、生姜、馬鈴薯、甘薯(サツマイモ)、カブ、菜っ葉類、落花生など野菜を育て、山羊を飼い、乳でチーズをつくることも。 

近くの農家から、甘酒や味噌、梅干し、らっきょう、梅酒、漬け物類、芋飴のつくり方、そばやうどんの打ち方などを学びました。


「家の東南にあるひとかかえ半ほどの桜の大樹は、二階の屋根におおいかぶさるほどの枝を張り・・・庭地に大きな自然の池があり、雷魚、食用蛙などが住み・・・南向きの二階からは、小貝川と利根川とその長堤を一望におさめ、日の出、日の入りの壮観を、居ながらにほしいままにできます。ことに大利根の河原をおおう夕焼け雲の変化の美しさはここに来てはじめて知る雲の美しさでした。」

「北に筑波が濃紫にくっきりと空を画し、その裾までとどくかとばかり、相馬百万石の稲田が遠くはるかにひろがっています。」

「ちょっとした通り雨があったかと思うと、すばらしい虹が、前の河原から大空にあざやかにかかり、都会ではとても見られぬ、雄大な虹の景観が、(東京からの)お客さんたちをひどくよろこばせたのでした。」(『続・元始、女性は太陽であった』)


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陰陽の調和

『暮しの手帖』に初掲載されたエッセイ「陰陽の調和」には、料理研究家の中江百合が 、らいてうの生活する疎開地を訪れたことが書かれています。 

らいてうは、利根川のメソ(小さなうなぎ)の蒲焼き、野草のあえもの、自家づくりの辛味噌のおつけ、玄米飯などの食養料理と、胡麻じるこで歓迎しました。 

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玄米飯の食養料理と胡麻じるこ

「こんな生活のなかへ、まれに東京から客がみえると、わたくしたちは自分のつくった新鮮な野菜や野草、また家の前の川からとれる鮒(ふな)、鯰(なまず)、ことにおいしい鰻(うなぎ)のめそっ子など、できるだけのご馳走をするのが、何よりの楽しみでした。

配給生活の都会人には、無制限に食べられるということだけでも、快い開放感にひたることができたのでしょう。みんな心から満足してくれました。

大きな草だんご、栗ぜんざい、それに姉から教えられた胡麻じるこもわたくしの自慢の一つで、来客によろこばれたものです。といっても、やがて間もなく食料事情のひっぱくにつれ、こんなことも出来なくなるときがやってきましたが・・・。」(『続・元始、女性は太陽であった』)


後日、このエッセイを読んだ友人や読者から「胡麻じるこの作り方を教えてほしい」という問い合わせが多くあり、第4号で作り方を披露したエッセイを書いています。


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あえて「暮らし」について書いてもらおう

花森安治は、エッセイの原稿はあえて専門のことについてでなく、「暮らし」について書いてもらおうと考えていたようです。

「この雑誌には、むつかしい議論や、もったいぶったエッセイは、のせないつもりです。それが決して、いけないというのではなくて、そうしたものは、それぞれのものが、もう、いく種類も出ているからなのです。

この紙のすくない、だから頁数も少なくしなければならないときに、どの雑誌も、同じような記事をのせることはつまらないことだと考えたからなのです。毎月出したい気もちで、いっぱいでいながら、年四回の季刊にしたのも、その方が、いくらかでも頁数を多くすることが出来るからでした。・・・」(第一号 あとがきより)


著名人による料理記事としては、草野心平の「茄子の気持ち」、坂口安吾の「わが工夫せるおじや」、平塚らいてうの「ゴマじるこの作り方」などがあり、後日に『バナナは皮を食う―暮しの手帖 昭和の「食」ベストエッセイ集』としてまとめられています。
(『暮しの手帖』創刊号から38号にかけて掲載した食のエッセイから) 


平塚らいてうの「陰陽の調和」も、こちらの本に収録されています。


バナナは皮を食う―暮しの手帖 昭和の「食」ベストエッセイ集

バナナは皮を食う―暮しの手帖 昭和の「食」ベストエッセイ集

  • 作者: 檀ふみ,暮しの手帖書籍編集部
  • 出版社/メーカー: 暮しの手帖社
  • 発売日: 2008/12
  • メディア: 単行本