食べ物エッセイのはしりとして
『暮しの手帖』の編集長、花森安治さんから、
「たべものの随筆を書いてごらん。あなたは食いしん坊だから、きっとおいしそうな文章が書けるよ。」
とすすめられて、1960年『暮しの手帖』に連載を始めて、一冊の本になったのが石井好子さんの『巴里の空の下オムレツのにおいは流れる』(Sous le ciel de Paris Ça sent bon des omelettes )
題名は、ジュリアン・デュヴィヴィエ監督による1951年(昭和26年)のフランス映画『巴里の空の下セーヌは流れる』(Sous le ciel de Paris)からで、タイトルをつけたのも花森さん。
パリのオムレツをなつかしんで
「とと姉ちゃん」のモデルとなった大橋鎮子さんと石井さんは、府立第六高女の先輩、後輩という間柄。戦後の、1948年のある日、「これから花森安治さんと作る雑誌に参加しない?」と、大橋さんが訪ねてきたといいます。
石井さんはすでにジャズ歌手として歌っていて、その道を選びたいことを伝え、その後長くアメリカやフランスに住み、主にパリで歌っていました。
『暮しの手帖』での連載は、1960年(昭和35年)第54号初夏から、タイトルにもなった「巴里の空の下オムレツのにおいは流れる」で始まりました。
「どこの家の冷蔵庫にも入っている、手近にある食べ物として玉子をとりあげ、かつてパリでたべたオムレツがとてもおいしかったことを、なつかしんで書いた」のだそう。
その後も次々と思い出の食べ物を書き、それが一冊の本にまとまり、料理やたべものの随筆のはしりともいえるこの本は、昭和38年日本エッセイストクラブ賞を受賞、今に続くベストセラーです。
おいしいものは、心のこもったもの
本が発売された当時(1963年頃)、『暮しの手帖』裏表紙に本の紹介文が掲載されています。
これも花森さんが書いたものでしょう。
「石井好子さんの書いたとてもおいしい本です。読んでいて文章があまりおいしいので、よだれがでそうになります。そしてなんだかおかしくなって吹きだしたくなったりします。ふしぎなほどたのしい食べ物の本です。」
「料理や食べものの話は、いつ読んでも、誰が書いたのでも、たのしいものですが、ことに石井好子さんのは、暮しの手帖に連載してるとき、毎号すごい評判でした。こんど新しく約百枚を書きたして、しゃれた一冊ができ上がりました。」
時代は、翌年の東京オリンピックへと向かう頃です。
色彩豊かなレタリングで構成された本の装丁は、花森安治さん。
「一冊の本というものは、著者と装釘者と印刷者の共同作業である」という花森さんの代表作のひとつ。
「おいしいものというのは、なにもお金のかかったものではなく、心のこもったものだと私は信じている。この本にはいろいろなお料理のことを書いたけれど、私のおいしいと思うものは、銀のお盆にのったしゃれた高価な料理でなく、家庭的な温かい湯気のたつ料理だ。」
(巴里の空の下オムレツのにおいは流れる あとがきより)
残念なのは、こちらの装丁版は在庫がないのですね。
続刊の「東京の空の下オムレツのにおいは流れる」とともに、まだオークションなどで中古本が入手できると思います。
やっぱり、花森さんの表紙とイラスト、余白の余韻で読んでみたい本なのです。