商品テストは「暮しの手帖研究室」から

商品テストと切っても切れないもの

『暮しの手帖』の柱のひとつだった「商品テスト」

その「商品テスト」と切っても切れない存在だったものがあります。

それは、「暮しの手帖研究室」


雑誌に初めて「暮しの手帖研究室」が登場したのは、昭和28年、第20号の「日本品と外国品をくらべる・石けん 」のようです。

第20号からは、活字がひとまわり小さくなり、4段組や記事ごとにレイアウトの変化がついて 雑誌の印象も変わります。 

これは、ページ数が足りなくて掲載できない原稿がふえてきたからです。

なるべくたくさん原稿を載せるために、見出しを小さくしたり、カットを小さく描いたりしたそう。また、この号からは、もくじに花森安治のイラストが入ります。 


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第20号 表紙原画

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第20号 もくじのイラスト(花森安治)  

もっと広いスペースがほしい

第20号の数年前(昭和26、7年ごろ)、『暮しの手帖』は編集室のある銀座のビル三階全フロアを借りて作業していましたが、もっと広いスペースや、スタジオが必要という思いが強くなってきたといいます。 

そのため、花森安治の知人の紹介で、港区東麻布のロシア大使館のそばに土地を入手。みずからの設計図で二階建てを建てました。

最初はスタジオ兼実験室だけで、編集部は銀座に残っていましたが、行き来が大変なこともあって、徐々に仕事の中心は東麻布に移っていきます。

その後、少しずつ土地を買い足しては増築して、そこを鎮子さんたちは「研究室」と呼んで、昭和40年代には、工作室、実験室、センタク室、台所付きのメインスタジオ、写真室などが備わっていました。

お客さんが来ても、台所のテーブルや、家庭用の応接セットで応対するような雰囲気で、『暮しの手帖』は、一般的な編集室ではなくて、研究室から生み出されていたのです。 


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キッチン付きスタジオと編集室 昭和40年 

商品テストは石けんの翌年から

第20号の内容は、

「日本品と外国品をくらべる ・石けん」 
「これなら私にも作れる家具」
「魚を上手に焼くコツ」
「巴里のお惣菜 サト・ナガセ」など・・・

作って、使って、試すページが一気に増えています。

しかし、『暮しの手帖』の看板となった「商品テスト(日用品のテスト報告)」が始まったのは、翌年の昭和29年。

そこには、独自のテスト手法を考えていくための準備期間が必要でした。


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また、昭和28年というと、終戦から8年目。

国民1人あたりの消費が戦前の水準を超え、昭和30年から始まる神武景気では「もはや戦後ではない」という言葉が使われます。 

「暮しの手帖研究室」は、外国製品に負けないものをメーカーに作ってほしいと同時に、時代が消費生活へと移り変わるターニングポイントから生まれたものでもあったでしょう。




まず全部、作って、使って、納得してから

あとがきには、編集室のようすが書かれています。

「どの号にも、写真のページに、いろんな家具やお料理等がのっています。あれは、まずプランが決まると、道具なら、全部作ってみます。作ってみて、みんなが手分けして、実際に使ってみて、よさそうだとなったら、はじめて、それを写真に撮るということになるのです。」

「料理の場合も、必ず教えられた通り、みんなで作ってみて、ここが分からない、ここがむつかしいというところがあると、また先生たちにお願いして、やり直していただきます。」

「・・・そんなわけで、私たちの狭い編集室は、年がら年中、カンナ屑(くず)だらけで、糸屑だらけで、えたいの知れぬご馳走のへんなにおいがして、というふうで、雑誌を作っているみたいじゃないね、とおいで下さった方に、よくからかわれている有様です。(第20号 あとがきより)


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第26号 表紙
 

グッドハウスキーピングのような研究所

また、第1回目の商品テスト〈ソックス〉の掲載された第26号のあとがきにも、研究室のことが書かれています。

ここから、数々の伝説的な商品テストへとつながっていったのが分かります。 


「べつに、外国のものが、なんでもいいいというわけではないのですけれど、たとえば、グッドハウスキーピングといった雑誌をみると、ちゃんとした研究所を持っていて、衣食住いろんな面から、暮しについての研究をやっています。

・・・しかし、雑誌を作ってゆく場合、研究する機関が必要なのは申すまでもないことで、ことに暮しについて考えてゆく雑誌なら、ただ原稿をお願いし、写真をとり、記事を書き、それに表紙をつけて、それで出来上り、というわけにゆく筈のものではありません。

どうしても、自分たちの手で、実際に研究して、答えを出してゆかねば、どうにもならないことが、たくさんあります。」




「私たちも、実をいうと、この雑誌をはじめるときから、そういう研究室がほしいと思いながら、ご承知のように、お金と人のやりくりで、なかなか思うようにゆかず、やっと三年ばかし前から、ほんのお粗末なものでしたが、この研究室を作りました。

それから、まあ少しずつではございましたけれど、研究した結果を発表して来て、おいおい曲がりなりにも、やっとカタチもついてきたかとおもいます。」

「その結果が、たとえば、先月からはじめた十回連載の「台所」の研究とか、この号では、一番はじめの「道具」や本文の「ソックスをテストする」などにあらわれているわけですけれど、もちろん、私たちとしては、とてもとても、これくらいで満足しているわけではございません。

ありとあらゆる角度から、いろんな研究をしたいし、そのためにも、もっと設備もほしいのです。まあ、あせらないで、すこしずつよくしてゆきたいと心にきめております。」(第26号 あとがきより)


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