昭和の「暮しの手帖」から

創刊号〜70年代「暮しの手帖」バックナンバーから。珠玉の記事をピックアップ

童話「おくびょうなうさぎ」 富本一枝とらいてう 1952年

平塚らいてうの座談会とサプライズ

第4号の平塚らいてう「ゴマじるこ」から3年。

平塚らいてうが『暮しの手帖』に再登場するのは、第18号(昭和27年)の「我が若き日」という座談会になります。

岡田八千代、林きむ子、山川菊栄、平塚らいてうと、明治に生まれ育ち、婦人運動のみならず自己解放へと活動を続けてきた(伝説的な)面々の座談会です。 


f:id:Merimaa88:20160717221431j:plain


この号には、ちょっとしたサプライズがあります。


『暮しの手帖』は、創刊号から子ども向けの童話も連載していて、藤城清治さんがさし絵(影絵)を担当しています。

平塚らいてうの座談会「我が若き日」の18号では、富本一枝さんが童話のお話を初めて担当し、それ以後の童話は、富本・藤城のコンビで連載されます。

また、藤城さんにとっては、初のカラー作品です。


f:id:Merimaa88:20170521221402j:plain
「おくびょうなうさぎ」お母さまが読んで聞かせるお話  文:富本一枝 画:藤城清治  


当時のカラー作品は、素朴なオフセット刷りです。

たった2色、黄色とブルーのインクだけです。黄色とブルーのセロハン紙を重ねると緑色になるように、インクもそのように重ねられて深緑色になっています。


f:id:Merimaa88:20170521221122j:plain


プリミティブな力、素朴な力強さと愛らしさ。
私は個人的には、この作品がたいへん好きで、北欧デザインのような共通点さえむしろ感じる作品です。


f:id:Merimaa88:20160826182708j:plain


そして、文章を書いている富本一枝さんですが、なんと、なんと、紅吉さん!
紅吉さんじゃありませんか!

けっして、童話のおばさんなどと言ってはいけません。 

まだ10代だった当時の富本さん(紅吉)は、天衣無縫な明るさで、初期の青鞜では、平塚らいてうと共に「時の人」であり「話題の人」でした。ジャーナリズムに追いかけられては、あることないことスキャンダラスに書かれたりしていました。

富本さんの父の越堂は、尾竹三兄弟と呼ばれて明治に名を馳せた日本画家。娘も絵かきにすると決めていたので「 少しぐらい変わり者の方がよい」ぐらいに考えていたといいます。
当時では、あまり例のない、希有とも言えるおおらかさだったでしょう。




『暮しの手帳』で隣あわせ

富本一枝さんは、身長164cmと当時としてはかなりの長身で、藍みじんのような着物が似合って、それをゆったり着こなし、帯は思い切り下めにざっくりと締めて、長い髪を無造作にたばねていたといいます。

この第18号から始まった、富本・藤城コンビによる二十数年間に渡る童話の連載は、後日に「お母さんが読んで聞かせるお話」 としてまとめられ、花森さんの装丁で、「暮しの手帖社」から出版されます。


f:id:Merimaa88:20160826211532j:plain

f:id:Merimaa88:20160826212808j:plain


出版にあたって、花森さんは何度も紙やインクや印刷の方法を変えて、テスト刷りしたそうです。 

そのなかの挿し絵の一部は「おくびょうなうさぎ」も含めて、あたらしく作り直しているので、この素朴でのびやかな作品を見れるのは18号の誌上だけになります。
 

f:id:Merimaa88:20160826211315j:plain
「おくびょうなうさぎ」と平塚らいてうの座談会「我が若き日」


そして、『青鞜』の紅吉こと富本さんが、童話の連載をスタートしたページの隣り合わせに、平塚らいてうの座談会が載せられているレイアウトは(写真・上)、編集者の花森さんの粋なはからい? だったのでしょうか?

富本一枝さん、もっと、もっと評価されてほしい、マルチに豊かな才能を持った方だと思っています。


お母さんが読んで聞かせるお話A (お母さんが読んで聞かせるお話)

お母さんが読んで聞かせるお話A (お母さんが読んで聞かせるお話)

  • 作者: 富本一枝・藤城清治
  • 出版社/メーカー: くらしの手帖社
  • 発売日: 1972
  • メディア: 単行本