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昭和の「暮しの手帖」から

創刊号〜70年代「暮しの手帖」バックナンバーから。珠玉の記事をピックアップ

ホットケーキの次はプディング『暮しの手帖』おやつ

1950年  おやつ

作るプロセスを写真にした『暮しの手帖』

暮しの手帖7号(昭和25年)のグラビアページ(といってもモノクロ写真ですが)に初めて掲載された食べ物の記事、それが「誰にでも必ず出来るホットケーキ」でした。

レシピと作り方は、銀座一流店「コロンバン」の門倉国彦氏が担当。


まだテレビ放送のない時代、料理のレシピには文章だけが掲載されていました。

ていねいに、材料の紹介から、火加減のコツまで、テレビで料理番組を見るような感じで、作るプロセスを写真にして説明したのは暮しの手帖が最初でした。

当時の婦人雑誌では、こういった料理記事はほとんどなかったのです。


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手のモデル、スタイリストも

このときの写真の手のモデルは、大橋鎮子さん本人。
料理以外にも、トンカチやノコギリ、カンナなどの大工道具、編み物、ミシン、縫い物など暮しの手帖の「手」はほとんど鎮子さん。

当時はスタイリストという仕事をしてる人もいないので、料理撮影に必要な器やナイフ、フォーク、調理器具を探すのも鎮子さんたちスタッフの仕事でした。




ホットケーキ、プディング、ビスケット・・・

ホットケーキの次に掲載されたレシピは、同じくコロンバンの「プディング」。

プディングもおやつの王道、54号(昭和35年)にはカラーページで再び「ご飯むしで作るプディング」を掲載。
石井好子「巴里の空の下オムレツのにおいは流れる」の連載も、この号からスタート。

当時は、天火(オーブン)がある家は少なかったので、天火がなくても「ご飯むし」などで作るレシピがほとんどです。
コツが茶碗むしと同じなのも、分かりやすかったのでしょう。 

クリスマスケーキの台も、コーヒー缶など空き缶を利用してハトロン紙を敷き、「ご飯むし」で蒸したものです。


サト・ナガセさんの「ジャムを作りましょう」は、モノクロ写真の構図やレイアウトの美しさ、パリでの生活感と相まって印象的。

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1935年(昭和10年)版画家の永瀬義郎さんとパリで再婚した方と思います。
日本名はサトと言い、写真は娘のシモンヌさんと。 

お菓子のもくじ一覧

7号 ホットケーキ 門倉国彦
8号 プディング 門倉国彦 
9号 ビスケット 門倉国彦 
10号 クリスマス・ケーキ 門倉国彦
(昭和26年)
12号 フルーツゼリー 門倉国輝
13号 天火なしで作るシュークリーム
14号 アップルパイ 門倉国輝
(昭和27年)
15号 ワッフルを焼きましょう 銀座凮月堂 坂井甚三
16号 くずまんじゅう 坂井甚三
17号 おいしいババロアの作り方 古瀬一男
18号 ふらんす風蒸し菓子 古瀬一男
(昭和28年)
19号 キャビネットというお菓子 古瀬一男
20号 ドーナツの作り方 古瀬一男
22号 りんごの天ぷら サト・ナガセ
(昭和29年)
24号 ジャムを作りましょう サト・ナガセ
25号 ふらんす・あわゆき サト・ナガセ
26号 ふらんす・あんまき サト・ナガセ
(昭和30年)
31号 スイートポテト 凮月堂・七沢康太郎
(昭和31年)
おやつの時間 
36号 チーズとポテトのパン挟み 門倉国彦
37号 ウィンター・フラワー 門倉国彦
(昭和32年)
38号 むしやきりんご 門倉国彦
39号 オレイユ 門倉国彦
40号 ブランマンジェ 門倉国彦


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