「暮しの手帖」のホットケーキ 1950年  

暮しの手帖のグラビアページに、はじめて掲載された食べ物の記事。

それが、第7号(昭和25年)「誰にでも必ず出来る ホットケーキ」です。

「焼きたてのホットケーキにバターをのせ、朝ごはんや昼食の代わりに食べる楽しさ。誰にでもできて、みんなの気持ちを明るくするホットケーキの作り方を、銀座一流店のコロンバンに教えていただきました。」 


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銀座コロンバンのレシピで

大橋鎮子さんの著書、『暮しの手帖とわたし』でも、このホットケーキの記事は再掲載されています。 

「明るくみんなに喜ばれる料理記事。とっさに頭に浮かんだのは、興銀に入ったとき、課長の工藤さんが新人歓迎で出してくださった、コロンバンのホットケーキだったのです。」

「写真は、ていねいに、材料から、粉のふるい方、卵の白身と黄身のとりわけ、泡立て方、火加減のコツなど、十枚の写真で説明しました。当時、婦人雑誌でこんな料理記事はほとんどありませんでした。」

と、大橋さんは書いています。

見開きでわずか2ページの記事ですが、銀座の一流店コロンバンのレシピでのっているのが画期的なところです。

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門倉國輝氏

コロンバンといえば、大正10年に創業者の門倉國輝氏が渡仏し、パリの一流菓子店コロンバンに日本人として初めて入社。

その技術力を認められて、日本初の本格的なフランス菓子店コロンバン商店を創業。

ショートケーキ、モンブランを考案し、宮内庁へも納品。

昭和6年、銀座6丁目に銀座コロンバンを開店。2階は藤田嗣治の天井壁画6枚を飾った本格的なフランス料理店。

思い立ったら、とにかくやってみようの大橋さんのアイデアならでは、の記事です。

モノクロ写真の質感

もうひとつ、昔の「暮しの手帖」を見るたびに驚くのが、モノクロ写真の質感の素晴らしさと、それを再現している印刷。(だって、昭和25年のことですから。)

写真は元報道写真家で「暮しの手帖」創刊時からのカメラマン、松本政利さん。

木村伊兵衛をして「白い皿の上にのせた白い豆腐をモノクロで見事に撮る」と驚嘆させたカメラマンなのだそうです。 


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印刷のグレーの色調が明るく、グレーの階調の豊かさや質感が伝わってきます。

木炭デッサンを描いてみた方は、グレーの階調の豊かさ、明るさがわかると思うのですが、写真には丁寧に描かれたデッサンのようなおもむきもあります。

上質な紙に印刷されている訳でもなく、当時の印刷技術で刷ったページです。

粉は粉、ホーローのボウルはボウルとしての質感の表現。なぜか今の雑誌からは伝わってこないものの一つです。


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手のモデルは大橋さん

心が落ち着く単色ページ

終戦から5年、まだ一冊の雑誌が、何人もの人に読まれて表紙がぼろぼろになってしまうと、あとがきに書かれています。

編集部では、表紙もお金の許す限り丈夫なものを、製本も雑誌にしては丁寧にしてもらっていますが、この7号から表紙にかぶせるカバーをつけています。 

しかし、当時の雑誌を手に取ったときに、粗末な印象は受けないし、今の雑誌にくらべたら、よほど手に触れた紙の感触はしっかりと厚く、印刷は目に優しい。

グラビアは、グレーの階調のきれいな写真に、ローズピンク色の文字がページを明るくしています。

色がハンランしていないページの清潔感は、むしろ新鮮で、何とも心が落ち着くものなのです。


★レシピはこちら
merimaa88.hatenablog.com