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昭和の「暮しの手帖」から

創刊号〜70年代「暮しの手帖」バックナンバーから。珠玉の記事をピックアップ

1949年のおセンタク『暮しの手帖』

昭和24年夏の第4号。
平塚らいてうの「ゴマじるこの作り方」、直線裁ちのコドモ服などがのっている。

もちろん、電気洗たく機はまだなかった。
センタクはどこの家でもタライとセンタク板でごしごしと洗っていた。

手前に見えるのは、井戸の水をくみ上げる手押しポンプ。

そのセンタクをちょっと工夫してみよう、という記事が第4号だった。


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おセンタクをもっと愉しく

センタクが大変な労働ということになっているのは、一つにはしゃがんでセンタクするからではないか・・?
タライをもっと高くして、立ったままで洗えるようにしよう、という提案。

蝶番で三角形のワクを作って、そこにタライをのせている。(写真・上)


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そのタライの底にアナをあけて、排水孔にすることも考えた。

「いちどセンタクをすると、少なくとも5、6回はタライの水をかえなければならないが、あれも大変な力仕事である。タライの底にアナをあけて、お風呂のような栓を作っておくと、その労力が省ける。」


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古いザルか空カンに物干ばさみを入れて吊るしておく。
当時はたぶん、竹製かアルミ製。


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木を三本組んだ、どこへでも移動出来る物干台。巾も自由になる。


いつからか、入道雲のわく夏の青空も、抜けるような秋の空も、なんだか見られなくなってしまった。
花森安治のエッセイのように、第4号は「なんにもなかったあの頃」だったけれど、青空の下で、澄んだ空気と日差しの中で、ザブザブと洗たくしている光景が懐かしく思えてくる。 

写真のモデルになっている小川常緑子さんは、『暮しの手帖』の特集番組に登場していた方だった。広島で被曝し、18歳で上京し、編集部にたどり着いたという小川さんは、当時の『暮しの手帖』の仕事を「大変じゃない、結局楽しい。何かを見つけてそこで夢を作るようなもの。」と語っていた。



商品テストのルーツ「買物の手帖」

大橋鎮子著『暮しの手帖とわたし』によると、商品テストのルーツになるのは、第4号のセンタク風景の次の号からスタートした「買物の手帖」という記事だった。(これは10回ほど続いた。)

三越などの百貨店の売り場から、便利なもの、美しいもの、価値のわりに安いものなど、毎日の暮しに役立つものを紹介し、読者からも商品を募集した。

その時すでに『暮しの手帖』の基本姿勢になる文章も書かれている。

「・・・私たちが実際に試して見て、これならと責任の持てるものだけをのせてゆきたいと思いますから、もちろん広告料その他費用は絶対に頂きません。」


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第6号 買物の手帖

5号ではさっそくタライをのせるセンタク台や、洗濯板を三角につなげたものが商品となって出て来た。

登山用のカンテラを、停電用に家庭で使おうという発想は、アウトドア品を日常で使う先がけかも。

電気洗濯機 1万8500円なり

昭和25年の暮れ、第10号の「買物の手帖」に紹介された洗濯機。おそらく初めて『暮しの手帖』に掲載された洗濯機では?


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「なんとか倹約すれば貯金や賞与でいつかは買えそうな値段」1万8500円 と説明がついている。
紙の値段が高騰して、やりくりに苦労している当時の『暮しの手帖』では、まだ実際に洗濯機を購入してテストはできないと思うので、紹介記事でしょう。 

ウィンザーチェア(雑誌によく登場する)一脚が1950円。


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これスゴイな〜と思った、乾電池で走るおもちゃのモーターボート 700円


【ポケット版】「暮しの手帖」とわたし (NHK連続テレビ小説『とと姉ちゃん』モチーフ 大橋鎭子の本)

【ポケット版】「暮しの手帖」とわたし (NHK連続テレビ小説『とと姉ちゃん』モチーフ 大橋鎭子の本)

  • 作者: 大橋鎭子
  • 出版社/メーカー: 暮しの手帖社
  • 発売日: 2016/03/23
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

 

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