暮しの手帖 第一号(創刊号)表紙から 1948年

私の手もとにある創刊号からの「暮しの手帖」は、もともと知人の実家で保管されていたものを譲って頂いたのですが、大橋鎮子さんと同世代の方と思います。

本棚に創刊号から70年代までの号が並んで、貴重な昭和のゴジラの漫画本などといっしょに大切に取っておかれたようです。


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これは あなたの手帖です

昭和23年9月発行の「美しい暮しの手帖」第一号は、96ページ。

後の号の半分ぐらいのページ数で、薄い作り。そのうち写真が8ページ、オフセットの2、3色刷が8ページ。定価は百十円。

60年以上たって、表紙がはずれていたり、ページ内もヤケが出ている質素な作りの経年本ですが、だからといって粗末な印象はうけないし、表紙などまだインクが生き生きと呼吸しています。

表紙のイラストと題字は花森安治さん。

表紙をめくると「これは あなたの手帖です」で始まる発刊の辞があり、このスタイルはずっと続いていきます。

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なにもかもがスタッフでまかなう手づくり

目次を見ると、グラビア写真記事は、可愛いい小もの入れ、直線裁ちのデザイン、ブラジアのパッドの作り方、自分で結える髪。

色刷ページでは、シンメトリイでないデザイン、自分でつくるアクセサリー、ちょっとした暮しの工夫、お母さまが作ってやれるオモチャ。

トップの「可愛いい小もの入れ」は壁掛け式の小物入れで、大橋鎮子さんが考え、中野家子さんが縫ったもの。

直線裁ちのモデルも大橋さん、髪を結った写真は妹の芳子さんと、なにもかもが編集スタッフでまかなう手づくりです。

また、藤城清治さんの童話の連載もスタートしていますが、第一号「ピータアパン」ではまだ影絵でなくジェン・パントル劇場の人形劇です。


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「暮らし」について書いてもらう

読み物としての随筆の書き手は、そうそうたるメンバー。

佐多稲子、小堀安奴(森鴎外の次女)、扇谷正造、中里恒子、兼常清佐、森田たま、田宮虎彦、片山廣子、川端康成、坂西志保、土岐善麿、和田実枝子、山本嘉次郎、中原淳一、戸板康二、吉田謙吉、牛山喜久子、杉野定子、根本進など。

作家、研究者、映画監督、マスコミなどの著名人がずらりと並び、随筆ページは三段組で、それを子持ち罫(太罫と細罫が二重になった罫線)でとりかこむ、和風でシンプルなレイアウトに花森さんのカットを入れたもの。


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原稿のお願いにあがったのは、主に大橋鎮子さんと妹の芳子さん。

「はじめて出す本で、どんなものが出来るともわからないのに、私たちの気もちを買って下さって、先生がたの、とてもいい原稿がいただけたことは、涙の出るほど、うれしうございました。

出来ることなら、何でもして上げよう、とおっしゃって下さる方もございました。気に入らなければ、いくどでも書き直してあげるよ、とおっしゃって下さる方もございました。

ありがたくてみんなで、私たち、ずいぶん幸せね、と何ども何ども言ったことでした。こころからお礼を申上げさせていただきます。」(第一号 あとがきより)


また、原稿はあえて専門のことについてでなく、「暮らし」について書いてもらおうという花森さんの考えも、あとがきからうかがえます。

「この雑誌には、むつかしい議論や、もったいぶったエッセイは、のせないつもりです。それが決して、いけないというのではなくて、そうしたものは、それぞれのものが、もう、いく種類も出ているからなのです。

この紙のすくない、だから頁数も少なくしなければならないときに、どの雑誌も、同じような記事をのせることはつまらないことだと考えたからなのです。

毎月出したい気もちで、いっぱいでいながら、年四回の季刊にしたのも、その方が、いくらかでも頁数を多くすることが出来るからでした。・・・」(第一号 あとがきより)




無性に「美しいもの」が欲しい

第一号の表紙イラストは、たんねんに丁寧に描かれています。

木製の引出し付き家具には、ランプやポット、箱の文字Vita(ヴィータ)は「命」「人生」「生活」を意味するラテン語。

白磁のフランスのフタ付きボウル皿、片手なべ、皿、ベーキングパウダー、新聞、
下の戸棚には、鉄製のフライパンに焼き型、明るい柄の布生地。

タンスの上の小さな花瓶に花、鏡、
椅子のうえに、かごに入った毛糸玉、かさ。

小さな香水瓶のような瓶は、片山廣子さんのエッセイ「乾あんず」で、小タンスの引き出しから取り出した古い香水かもしれません。


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各エッセイからは、当時の終戦後の状況がうかがえます。

「衣服のことはいまのところ手が廻りません。・・・一番大切な食と次に住を心にかけておりますが、食のことだけでもう一杯です。

どうしても衣のことが後廻しになり、手もとどかない現状になっております。その一つの原因に今までの着物はそのままではどうしても毎日のくらしに着られないのです。そして今このような紺がすりのモンペを着ております。」(小堀杏奴 女のくらし)

「ひと口に衣食住というけれど、そのどれひとつをとってもいじらしいほどの窮乏」(田宮虎彦)の中で、無性に「美しいもの」が欲しい、せめてこんな程度の「暮し」に変えていきたい、ささやかな願い。


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大橋さん(左)と花森さん(右)

ミニマリズムの先達でもあるのでは?

しかし、しかしと私は考え込んでしまう、、

今や片付け術、ミニマリズムなどのブームで、モノのない暮らしに戻ろうとさえしている。

『暮しの手帖』創刊号の頃、焼け野原で、何にもなくて、食べるのが精一杯だった。

その後、復興した日本は、モノの消費が豊かさの象徴という高度経済成長に突入していった。

モノは何もなかった時代は、まだ豊かな自然が身の回りにあった時代だった。

その自然さえ失った私たちは、いったいどこに辿り着こうとしているのだろう?

ただのノウハウとしての片付け術でなく、衣食住に「美しい暮らし」というものを土台に置いて、ミニマリズムを実践してみたいと思ったとき、昭和の『暮しの手帖』のエッセイや記事には、ものすごく斬新なヒントがあるのでは・・・? 


★何か一冊読んでみたい方には、

『暮しの手帖』を創刊した大橋鎭子さんが、90歳のとき(2010年)に書いた自伝をおすすめします。柔らかい文章で読みやすく、創刊当時のエピソードや、話題をよんだ記事のことなど、生き生き書かれています。


【ポケット版】「暮しの手帖」とわたし (NHK連続テレビ小説『とと姉ちゃん』モチーフ 大橋鎭子の本)

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