昭和26年6月、第12号。まだ、雑誌のタイトルが『美しい暮しの手帖』だった頃、唯一のカラーページは、4ページの刺しゅうだけでした。ひかえめに、「ぬいとりの花 武井孝子」と見出しがあるほかには、何も文章はなくて、刺しゅうの写真だけです。 私は…
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