読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

昭和の「暮しの手帖」から

創刊号〜70年代「暮しの手帖」バックナンバーから。珠玉の記事をピックアップ

料理店にまけないカレーライス:千葉千代吉 1952年

志賀直哉のカレーライス 昭和27年の初夏号(第16号)に掲載された「料理店にまけないカレーライス」です。大橋鎭子三姉妹もカレーが大好きで、大橋家のカレーはこのレシピをもとにしていたそうですが、志賀直哉がこの記事を見て自分で作り、「書いてある…

『暮しの手帖』はじめてのオムレツ 1949年

日本の西洋料理はフランス料理 「これから当分、西洋料理のことについて、知っていること、お役にたつことを思い出すままに書いてゆきたいと思っていますが、私は何といっても料理人なので、思うこと、考えていることを上手な表現で書きあらわすことが出来ま…

「西洋料理入門」がスタート 1949年

『暮しの手帖』に西洋料理は、たいへんに早い時期に登場します。昭和24年春の第3号から、千葉千代吉さんの「西洋料理入門」が連載としてスタートします。「とと姉ちゃん」ですっかりおなじみとなった、花森安治、大橋鎮子さんらが『暮しの手帖』創刊号を…

カスタード・プディングのレシピ 『暮しの手帖』1960年

白、黄色、そして黄金色 昭和25年の第7号、とと姉ちゃんに登場した『暮しの手帖』のホットケーキが掲載されています。 レシピの担当は、巴里コロンバン銀座店。次の号では、同じくコロンバン銀座店のカスタードプディング。それからちょうど10年たった…

ジャムを作りましょう サト・ナガセ『暮しの手帖』1954年

ページをめくっていて、写真の美しさに思わず手がとまってしまったのが、こちら。 イチゴの季節です ジャムを作りましょう サト・ナガセ バロック期のイタリアやオランダの絵画を見るようでもあり、モノクロを超えた色彩感と質感が伝わってきます。竹を編ん…

蒸し器のプディング レシピ『暮しの手帖』1950年

暮しの手帖に初めて掲載された食べ物の記事、それが「誰にでも必ず出来るホットケーキ」でした。レシピと作り方は、銀座一流店「コロンバン」の門倉国彦氏が担当。ホットケーキの次に掲載されたレシピは、同じくコロンバンの「プディング」天火(オーブン)…

ホットケーキの次はプディング『暮しの手帖』おやつ

作るプロセスを写真にした『暮しの手帖』 暮しの手帖7号(昭和25年)のグラビアページ(といってもモノクロ写真ですが)に初めて掲載された食べ物の記事、それが「誰にでも必ず出来るホットケーキ」でした。レシピと作り方は、銀座一流店「コロンバン」の…

平塚らいてう「ゴマじるこ」の作り方 1949年

昭和24年、平塚らいてうは「陰陽の調和」というエッセイで、『美しい暮しの手帖』第2号に初登場。 らいてうが疎開して生活をしていた地に、家庭料理の第一人者、中江百合が訪ねてきたときに、うれしさにこの日ばかりは、大いに腕によりをかけて、料理で歓…

『巴里の空の下オムレツのにおいは流れる』暮しの手帖 1960年

食べ物エッセイのはしりとして 『暮しの手帖』の編集長、花森安治さんに、 「たべものの随筆を書いてごらん。あなたは食いしん坊だから、きっとおいしそうな文章が書けるよ。」とすすめられて、1960年『暮しの手帖』に連載を始めて、そして一冊の本になった…

ホット・ドッグ 内田誠 「暮しの手帖」1949年

初期の『BRUTUS』を思い出したエッセイ 『暮しの手帖』といえば、食べ物についてのエッセイも個性的だ。シャンソン歌手、石井好子さんの『巴里の空の下オムレツのにおいは流れる』は、花森安治さんの装丁でベストセラーになっている。 昭和24年(1949…

ホットケーキを狐色に焼くコツ 「暮しの手帖」1955年

エプロンメモ ホットケーキを美味しそうに黄金色に焼くには、どうしたらいいだろう?今も昔も、それは変わらないようで、「暮しの手帖」29号(昭和30年)に記事がのっています。 「エプロンメモ」は、創立者のひとり堀川あき子さんのコラム。 2ページの…

「暮しの手帖」のホットケーキ・レシピ 1950年   

「巴里コロンバン銀座店」のレシピ 焼きたてのホットケーキにバターをのせ、蜜かシロップをかけてたべる楽しさ。 朝ごはんや昼の代わりに、手軽に出来て、みんなによろこばれるホットケーキ。昭和25年「暮しの手帖」第7号に紹介されたホットケーキは、な…

「暮しの手帖」のホットケーキ 1950年 その1

誰にでも必ず出来るホットケーキ 暮しの手帖のグラビアページに、はじめて掲載された食べ物の記事。 それが、第7号(昭和25年)「誰にでも必ず出来る ホットケーキ」です。「焼きたてのホットケーキにバターをのせ、朝ごはんや昼食の代わりに食べる楽しさ…