昭和の「暮しの手帖」から

創刊号〜70年代「暮しの手帖」バックナンバーから。珠玉の記事をピックアップ

花森安治

花森安治のエッセイから 東京オリンピック・1964年 その2

『暮しの手帖』に掲載された、花森安治のふたつのエッセイから、当時の東京オリンピック事情が伝わってきます。その2では、オリンピック聖火リレーをテレビで見た後に書かれた、「ネジのゆるんだオリンピック」。1964年第76号(秋)「お茶でもいれて」に収…

花森安治のエッセイ 東京オリンピック・1964年 その1

『暮しの手帖』に掲載された、花森安治のふたつのエッセイから、当時のオリンピック事情が伝わってきます。オリンピック前年の1963年、第71号(秋)に掲載された「お茶でもいれて」。オリンピック聖火リレーをテレビで見た後に書かれた、1964年第76号(秋)…

商品テストは消費者のためではない 『暮しの手帖』100号

花森安治「商品テスト入門」 『暮しの手帖』が日本ではじめて商品テストを公表してから17年目、第100号の出た昭和44年(1969年)までには、ソックス、マッチ、鉛筆、電球など身近な生活用品から始まって、アイロン、トースター、洗濯機、ストーブ…

『暮しの手帖』に広告を載せないわけ 花森安治

〈商品テスト〉はヒモつきであってはならない 『暮しの手帖』に広告を載せない、広告費をもらわない理由について。花森安治は第100号の「商品テスト入門」のなかで、このようなことを書いている。 ときどき、暮しの手帖に広告をのせないわけを聞かれる。理由…

洋裁学校にモノ申す 花森安治 『暮しの手帖』創刊号

NHK の朝ドラ「とと姉ちゃん」のなかで、花山と常子らが直線建ちの講座を開き、当日会場に行ってみると、応募者はたくさんいたはずなのに誰もいない。 実はチケットを洋裁学校が買い占めてしまっていた、という場面があります。このエピソードのもとになる実…

『暮しの手帖』の花森安治と平塚らいてう

1948年(昭和23年)、まだあちこちに焼け跡がめだつ銀座の町で『美しい暮しの手帖』が創刊された。名物編集者であった花森安治は、1911年(明治44年)10月25日、神戸市西部(須磨)の平田町生まれ。祖父の代から貿易商だった父と、師範学校を出て小学生の先…

「花森安治のデザイン」と1956年の表紙

「花森安治のデザイン」には、暮しの手帖の30年間の表紙原画、書籍の装釘原画、カット、手書き文字など約300点が掲載されています。ちょうど、展覧会の図録のような感じで、創刊号からの手仕事を見ることができます。表紙に使われているのは、「暮しの…