昭和の「暮しの手帖」から

創刊号〜70年代「暮しの手帖」バックナンバーから。珠玉の記事をピックアップ

エッセイ

花森安治のエッセイから 東京オリンピック・1964年 その2

『暮しの手帖』に掲載された、花森安治のふたつのエッセイから、当時の東京オリンピック事情が伝わってきます。その2では、オリンピック聖火リレーをテレビで見た後に書かれた、「ネジのゆるんだオリンピック」。1964年第76号(秋)「お茶でもいれて」に収…

花森安治のエッセイ 東京オリンピック・1964年 その1

『暮しの手帖』に掲載された、花森安治のふたつのエッセイから、当時のオリンピック事情が伝わってきます。オリンピック前年の1963年、第71号(秋)に掲載された「お茶でもいれて」。オリンピック聖火リレーをテレビで見た後に書かれた、1964年第76号(秋)…

暮しの手帖 中川一政「えのぐ」1957年

『暮しの手帖』第38号(1957年)の表紙は、春らしい明るいイラスト。 中川一政のエッセイ「えのぐ」が掲載されています。 処女作となった「酒倉」が描かれたエピソードとして、貴重なエッセイです。 第38号 spring 1957 「えのぐ」中川一政 私は此間(…

平塚らいてう「陰陽の調和」から 1949年

「暮らし」について書いてもらおう 平塚らいてうが『暮しの手帖』に初登場したのは、第2号(昭和24年)に掲載された「陰陽の調和」というエッセイ。花森安治は、エッセイの原稿はあえて専門のことについてでなく、「暮らし」について書いてもらおうと考え…

『暮しの手帖』平塚らいてう初登場 1949年

平塚らいてうが『暮しの手帖』に初めて登場したのは、第2号に掲載された「陰陽の調和」というエッセイ。朝ドラ「あさが来た」に女子大生として登場した平塚らいてうは、25歳のときに『青鞜』を創刊。らいてうが書いた『青鞜』創刊の辞「元始、女性は太陽…

『巴里の空の下オムレツのにおいは流れる』暮しの手帖 1960年

食べ物エッセイのはしりとして 『暮しの手帖』の編集長、花森安治さんに、 「たべものの随筆を書いてごらん。あなたは食いしん坊だから、きっとおいしそうな文章が書けるよ。」とすすめられて、1960年『暮しの手帖』に連載を始めて、そして一冊の本になった…

ホット・ドッグ 内田誠 「暮しの手帖」1949年

初期の『BRUTUS』を思い出したエッセイ 『暮しの手帖』といえば、食べ物についてのエッセイも個性的だ。シャンソン歌手、石井好子さんの『巴里の空の下オムレツのにおいは流れる』は、花森安治さんの装丁でベストセラーになっている。昭和24年(1949年…

「シェーファーのインク瓶 」 花森安治 1969年 

「いま、これを書いている、目の前の机の上に、インク瓶がある。 だが、この瓶が、たいそう気に入っているのだ。」という書き出しで始まる、花森安治さんのエッセイ「シェーファーのインク瓶」は、1969年「暮らしの手帖」第99号に掲載されています。『…

カステルの鉛筆 花森安治・エッセイより 1969年  

花森安治さんのエッセイ「シェーファーのインク瓶」は、1969年「暮らしの手帖」第99号に掲載されています。このエッセイには、インク瓶のほかに、「カステルの鉛筆」のことも書かれています。机のまわりの小道具類の中でも、花森さんが好きでたまらな…